黎明期の花店
黎明期といわれる昭和3〜40年代には花屋さんたちは積極的に組織化を行い組合は任意組合から協同組合化され、
昭和31年には日本生花商団体連合会が結成され、昭和34年には参加16団体の賛同のもと九州生花商団体連合会が結成され、会長に神宮 定氏、副会長に船島鶴蔵氏、
徳久祐一氏、事務局長に吉村栄氏らが就任し活発な活動が行われる。
花屋さんの昭和昭和3〜40年代を写真で見ると!
 |
○市場前での記念写真、 左側は中西清三郎氏 (右側、中段)
○旧市場の東側 急行電車線沿いに 建てられた木造瓦葺 一部二階建ての渡辺通り 五丁目花市場(右下)
|
 |
 |
○渡辺通五丁目花市場前。
周囲には当時の自転車やバイクがあります。手前の自転車には荷台に括りつけた花が見てとれることから、
仕入れにはもっぱら利用されていたと思われる。
中央の外国人女性が見学に来られていた時に写したもの。
(吉村精二氏所蔵)
○左上:渡辺通り五丁目花市場のセリ風景。
壁は木造のようで、供花台や資材類が壁面に吊り下げられている。枝物がセリ台の上に出荷されている様子。
(吉村精二氏所蔵)
○左下:セリ台の上に積み上げられたキクが識別できる。左上のメガネの人物は「よしむら花店」の吉村栄氏。
○右上:この当時、現在のようなセリ番号が付けられた帽子は無く、背中に「花市場のマークが付いた法被」が
買參人の印です。
セリは一斉に声で値段付けを行い、セリ人は番号がないので、その声を覚えていて「屋号」と
「落札価格」を声を出して言い、書記が書き留めるという方法がとられていた。
○右下:台上に出荷されている花や枝物が識別できる。
左上には市場職員の書記がボードに屋号と落札価格を書き留めている。
女性の買參人も数名見られる。
| 福岡生花商協同組合員数、昭和34年4月1日現在 |
| 店舗数 | 行商 | 仲買 |
その他 | 合計 |
| 53店舗 |
41 |
5 |
5 |
104名 |
 |
○この当時、リヤカーで花をひき売りする 行商人も多数見かけられたようである。 |
○昭和39年10月、福岡市清水1丁目17の14へ新花市場が移転営業することになる、敷地面積3,269u。
○左上:福岡市清水1丁目17の14へ移転した新花市場、敷地面積3,269u。
○右上:新花市場での落成披露の準備。ここは実際にセリを行う場所でテーブルは花の出荷台を利用。
この台の下段に落札された花を各自で置いた。
○左下:鉢物のセリ前の風景で、組合員が品質の下調べを行っている。当時の買参人の帽子が確認できる。
○右下:新花市場での切花のセリ風景。セリは一斉にセリ人に向かって価格(セリ値)を口頭で言い、
落札人と落札価格を書記が記述していた。