任意組合から協同組合設立までの歴史

先人たちの歩みを古い写真や営業日誌から推測しながら、その当時の花屋さんたちの生活や時代を読み取ることができます。 写真や文書は今となっては数少ない資料ですが。

花屋さんの昭和初期を写真で見る。

昭和6年5月、「博多どんたく」出演のために、花屋さん、市場職員、生産者で作った出演チーム。

昭和6年5月の写真です。「博多どんたく」出演のために、花屋さん、市場職員、生産者が共同で出場チームを作ったそうです。よく見ると楽器が三味線、尺八、太鼓、カネ、などが見てとれます。後ろには 花市場のマーク(「花」の文字を「フ」が9個取り囲んでいます。フクオカ「福岡」がシンボル化されている。)また、手前にも提灯があり、「花市場」の文字が確認できます。
いちばん右側の背の高い人物は、「花のナカニシ」店主、中西清三郎氏(当時、21歳)です。



○福岡花市場と福岡花栽培者組合の文字が確認できます。



昭和24年5月7日、熊本県杖立温泉にて。福岡生花商組合役員。 昭和26年2月16日、大分県天ヶ瀬温泉にて。 昭和27年3月6日、熊本県立願寺温泉にて。
右上:昭和26年2月16日
大分県天ヶ瀬温泉にて。


右下:昭和27年3月6日
熊本県立願寺温泉にて。

昭和24年5月7日、熊本県杖立温泉にて。福岡生花商組合役員。
後列左より中西清三郎、高木三蔵、坂本直蔵、中央左側より花市場セリ人、今橋博行、前列右側より手前、世利嗣晴、金子、(敬称略)。 参加のメンバーから想像するに、当時、花市場のセリ人も一緒に同行していることから市場の職員とも親密な関係を構築している様子が伺える。また、バックの建物の看板に「わかもと」の文字が見えるが、看板広告にも昭和の時代が偲ばれる。



昭和26年4月24日、花市場組合長、横竹正祐氏が福岡市議会議員に当選したときのお祝い

○昭和26年4月24日、花市場組合長、横竹正祐氏が福岡市議会議員に当選したときのお祝い、前列ー渡辺軍二、竹内、坂本直蔵、横竹氏、金子、中西正太郎
後列:後藤タミヨ、宇野、甲斐三郎、武智、今橋博行、(敬称略)
今橋氏の話によると、当時は花商側も横竹氏を応援し、糸島地区まで自転車10台ほどにノボリの旗を くくり付けてまわったそうである。



昭和27年、花祭りで挨拶をする花市場の横竹組合長 昭和27年、花祭りで祝辞を読む小西市長

昭和27年4月8日、「花祭り」が福岡花市場、花商組合、切り出し組合、福岡華道文化協会の共催で実施された。会場は2ヶ所に別れ、第一会場は岩田屋デパート、殊に奈良屋小学校 校庭から岩田屋まで茶華道各流派のお弟子さんたちによるきらびやかな市内パレードは沿道市民の大喝采を博した記録がある。


「花まつり」で行う華やかな市中パレードにモデルを起用した写真。後ろには「花自動車」が見られ豪華な装飾が施されています。

○「花まつり」で行う華やかな市中パレードにモデルを起用した写真。
後ろには「花自動車」が見られ豪華な装飾が施されています。






ラッピング資材にエコ素材を薦める、福岡花商協同組合のエコな取組のご紹介
果物、野菜の苗に使用する農薬表示が生産者には義務付けられています。

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